食品アレルゲンの検出と低アレルゲン食品の開発研究/矢野 裕之

はじめに

 厚生労働科学研究班による「食物アレルギーの診療の手引き2008」では、食物アレルギーは「原因食物を摂取した後に免疫学的機序を介して生体にとって不利益な症状(皮膚、粘膜、消化器、呼吸器、アナフィラキシーなど)が惹起される現象」と定義されている1)。また、同報は諸家の研究調査をまとめ、わが国における食物アレルギー有病率は乳児が約10%、3歳児で約5%、学童以降が1.3〜2.6%程度であり、全年齢を通して、わが国では推定1〜2%程度の有病率であると考えられること、欧米では、フランスで3〜5%、アメリカで3.5〜4%、3歳の6%に既往があるとしている。食物アレルギーはアトピー性皮膚炎やアナフィラキシーなど重篤な症状を誘発することもあり、最近増加傾向にあることも指摘されていることから、早急に対応すべき課題である。
 アレルギー症状の発症には、食生活を含む環境要因とともに、免疫の反応性を決定する遺伝子(免疫応答遺伝子)や、免疫反応を抑えるしくみに関わる遺伝子(免疫抑制遺伝子)が関与し、アレルギーの起こしやすさは遺伝的にある程度決定されていることが明らかになりつつある。こうしたゲノム研究の成果が将来的には食物アレルギーやアトピー性皮膚炎の根本的な治療に貢献することと期待されるが、現在のところはアレルギーの原因物質であるアレルゲンを除去することと、薬物によるアレルギー症状の緩和(対症療法)が現実的な対応策である。一方、発育成長期の幼少児がアレルゲン除去食中心の食生活を送ることは栄養不足や発育障害を招く可能性があり、食の豊かさの観点からも望ましいことではない。そこで、アレルゲンの分解・変性による低アレルゲン食品の開発は栄養・発育障害を防ぎ、食生活の豊かさを維持する点からも重要である。
 本稿では、アレルゲンの検出や低減化について筆者らが進めている研究を中心に紹介する。

1.アレルゲンの検出

1-1 なぜアレルゲンになるのか?
 摂取された食物は口から胃を経由して腸管に達する。蛋白質は胃では酸性条件下でペプシン、腸では膵臓から分泌されたトリプシン・キモトリプシン等のプロテアーゼによりアミノ酸レベルまで分解されたのち、腸管から吸収される。アレルゲン蛋白質はプロテアーゼ耐性領域を有しているため、この部分が消化しきれずに腸管から吸収され異物として認識されることでアレルギーを引き起こすと考えられる。通常、大きな分子は腸管から吸収されないが、生後1〜2年の乳幼児は消化機能が未発達であり、また、成人でも腸管が炎症を起こしている場合などには吸収されることがある。吸収された未消化の断片が異物と認識され、この断片が含むアミノ酸配列に特異的に反応するIgE抗体が産生されると、再び同じアミノ酸配列を含む蛋白質が吸収された際にIgE分子が反応し、ヒスタミンなどが脂肪細胞から遊離してアレルギー症状が誘発される。

1-2 アレルゲンの検出について
 食物アレルギー症状は食品に含まれるアレルゲンの摂取が起因となって誘発される。鶏卵、牛乳、大豆が食物アレルギーの三大原因物質とされ、これに小麦、米を併せて五大アレルゲンとされている。ソバ、魚介類、果物、ナッツ類もアレルギーを起こす。ソバやピーナッツでは、アナフィラキシーとよばれる、命に関わる重篤な症状を起こすことがある。また、特定の食品を食べた後に運動をすることで起きる急激なアレルギー(食物依存性運動誘発アナフィラキシー)も報告されており、アレルゲンによって特徴的な症状を起こす場合もある。どのアレルゲンに反応しやすいかは年齢による傾向が認められ、0〜3歳では、鶏卵、乳製品、小麦が原因食物の上位3種であるが、20歳以上では甲殻類、小麦、果物類となる1)。また、例えば同じ牛乳アレルギーの場合でも、牛乳にはカゼインやラクトグロブリンなど20種類以上の蛋白質が含まれ、個々の患者により、牛乳に含まれるどのアレルゲンに反応するかは異なっている。そこで個々の患者が食品のなかでもどのアレルゲン分子に反応するのかアレルゲノミクス2)を用いた解析がなされている(http://dmd.nihs.go.jp/
latex/allergenomics.html)。アレルゲノミクスでは食品中の蛋白質を二次元電気泳動により分離して膜上に転写し、患者血清と反応させることにより、個々の患者がどの蛋白質に反応するIgEをもっているか調べる。つまり、患者が反応するアレルゲン分子を特定することができると考えられ、アレルゲンの同定に広く用いられている。
 一方、特異的なIgEはアレルギー反応を引き起こすのに必須であるが、ある蛋白質に反応する特異的なIgEをもっているからといって、かならずしもその蛋白質にアレルギーを起こすわけではないことが報告されている3)。また、二次元電気泳動や転写を行っている過程で変成し、血清に含まれるIgEと反応しなくなるアレルゲンもある。アレルゲノミクスは、血清中のIgEとアレルゲン分子の特異的な反応による優れた手法であるが、全く異なった原理に基づいた補完的な解析手法の開発が求められている。われわれは、アレルギー反応が未消化の蛋白質によって引き起こされることに着目し、蛋白質がアレルゲン性をもつ原因の解明や、アレルゲンの検出・低減化への応用を進めている。

1-3 プロテアーゼ耐性を生じさせる原因構造
 Aalberse4)は食物アレルゲンをIncomplete(不完全)アレルゲンと、Complete(完全)アレルゲンの二つにクラス分けしている。前者はあらかじめ感作された患者にのみアレルギー症状を引き起こし、後者はそれ自体が感作させる能力をもつものである。前者は、後者が認識される領域と同じかよく似たアミノ酸配列を有しているためアレルゲンと認識され、交叉反応からアレルギー症状を引き起こす。Completeなアレルゲンがもつ原因構造はプロテアーゼ耐性と関与すると考えられる。
 では、プロテアーゼで消化されないのはなぜか? 最近の研究で蛋白質の「ジスルフィド」構造がプロテアーゼ耐性に寄与することが明らかになってきた。蛋白質は本来、アミノ酸が一つひとつつながったビーズ細工のような構造をしている。




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